もし、開けたのならば_・・・
「ユア様、そちらのアンティークは何処に置きますか?」
届けられた荷物を幾つか運びながらガイアが荷物を解いているユアへ問いかけると、なにか考え事をしていたのかユアはゆっくりと顔を上げて指で示した。
「ごめん。それはボクの部屋に運んでくれる?」
「かしこまりました。…ユア様、それは何か手紙ですか?」
古びた黄色い紙をテーブルに広げ、分厚い辞書を片手で握っていたユアはガイアへ頷いた。
「そう。そのアンティークの鏡についてた手紙なんだけど、ガイア。その三面鏡を絶対に開けないでね?」
「え、ええ。決して開けません。お約束致しますよ」
しかし…と少し重たい三面鏡を傷つけぬように運びながら執事は主人の言葉を反芻して疑問が頭に浮かんだ。
「鏡なのだから映さないと意味がないのでは…?」
開けるなと言われれば少し興味が湧いてしまう。
ふいに鏡を開ける扉に手を伸ばすが、少し力を込めても開くことが出来なかった。
残念な気持ちと、主人の言葉に背いたことにほんの少し罪悪感を持って、ガイアは古びた三面鏡がユアの部屋へと運び終えた。
そしてその晩、ユアは三面鏡の前に立っていた。
肩を出す形の寝間着は夜の空気には少し寒い。
それでもユアは壁の時計の秒針を数えてながら、鏡の扉に手を掛けていた。
11時59分36秒。
ドキドキと鼓動が早くなるが、それでも指先は扉の取っ手に掛かったまま。
11時59分43秒。
あんな古代文字で書かれた手紙、果たして本当なのだろうか?
11時59分57秒。
何が起きたって構うもんか。
そして、12時00分。
ユアは息を止めて扉へ力を込めると、重かった扉はあっさりと開き、張りつめた表情のユア自身を映し出した。
寝具の近くに置いたランプの明かりが部屋を僅かに照らし出す。
鏡に映っているのはユア一人きり。
黒い帽子にきっちりと着た黒い軍服。
蜂蜜色の髪に、緑色の大きな瞳。
…軍服?とユアは己の足下を見る。
同時に鏡に映った自分も己の足下を見る。
足下は細い白い足に黒い短パン、上着は肩がはだけるデザインの黒い服。
もう一度ユアは鏡を覗く。
矢張り、鏡の中のユアも驚いた表情を浮かべて軍服姿で此方を覗く。
「「な、なにこれ?」」
バッと鏡に手を合わせるが、鏡はひんやりとする感触かと思っていたのに同じ体温の手の平の感触が手に伝わってきて、ユアは悲鳴を上げた。
「「だ、だれ!?」」
ユアの悲鳴にガイアが気が付いたのか部屋のドアを激しくノックする音が聞こえた。
「ユア様!どうされました!?」
「「ガイア!!」」
グラリと、手の平にかかる重さが更に重なりユアはバランスを崩したが、もし今ガイアがこの鏡に映ってしまったら大変だという思いが真っ先に頭に浮かび、自分と同じ手が2本、同時に鏡の扉を閉める。
そして、ユアの応答を待たずガイアはドアを蹴破って入ってきた。
「ユア様ッ!?」
「「ガイアッ!」」
ドアのすぐ傍にあるスイッチを押し、部屋が煌々と照らされ全てが明らかになった。
扉の閉まった三面鏡の前に蹲っている2人のユアが、ガイアへと安堵の表情を浮かべていたのだ。
「「ボ、ボクがもう1人いるッ!?」」
同時に喋り、同じ声が部屋へ響く。
軍服姿のユアは驚愕の表情を浮かべてもう1人の自分の頬を触る。
「なにこれ…?」
「それはこっちの台詞だよ」
どこか違う自分へ触られてユアは軍服姿のユアの帽子をヒョイっと取った。
「ちょ、軍帽返して…ッ!」
「やだ」
あっさりともう1人のユアへ告げて軍帽を被り、後ろで固まったままのガイアへユアは笑った。
「ねぇねぇガイア。どうどう?似合う?」
「やー返してってば」
ガイアの目から見ると2人のユアはどうやら若干性格が違うらしい。
軍服を着たユアは少し物怖じしていて、ガイアを見る目がいつもと違う。
軍帽を被ったユアは紛れもなく、自分が仕えている主人だった。
「お似合い…ですが、あのこれは一体…?」
「真夜中12時きっかりに鏡を覗き込むと何かが起こるって手紙に書いてあったから試してみたら、今の状況になったみたい。ほらほらーこっちだよー?」
「あぅあぅ。ガイアに怒られちゃうから返して」
ヒラヒラと帽子を振りながらもう1人の自分をからかって、ユアはガイアの背中へと逃げた。
もう1人の軍服を着たユアもガイアの正面に立ってユアへと抗議する。
「ゆ、ユア様が二人…」
ちまちまとした金髪がゆらゆら2つ揺れている。
背中にもユア、正面を向いてもユア。
「今なら死んでも構いません。むしろ本望です…」
可愛いユアと、軍服を着たなかなかレアなユアに囲まれてガイアは弛む口元を押さえて呟くと2人のユアから別々の答えが返ってきた。
「主人置いて死ぬとか言わないでよね?」
「が、がいあはボクの主人なんだからしんじゃだめ!」
軍服姿のユアから零れた言葉にガイアは吃驚して目を見開いた。
「は…?私がユア様の主人…?」
「そ、そうだよ?ガイアはボクの主人だよ?」
軍服の裾を握ってユアが涙目になりながらガイアへと更に追い打ちをかける。
「お前は俺のモノだっていつも言ってるじゃない」
「わ、私が…?」
「い、いつも…行為の最中に言ってるじゃない…ほら、ね?」
ああ、夢だ。これは夢だ。そう呟いてガイアはパタリと失神した。
「ちょ。ガイア、何勝手に失神してんの!?」
「わー!?ガイア、ガイアどうしたの!?」
倒れたガイアを二人のユアが揺さぶるが、ガイアの意識は遙か彼方にあるようで目覚める気配すらない。そんなガイアへユアは溜息を吐き、もう一人は心配そうにハラハラと見守り、お互いの顔を見た。
「なんか起こしても、また倒れそうだし放っておこうか」
「…うぅ、いつものガイアじゃないみたいだし。そうだね」
シンプルな黒い服を着たユアはヒョイとガイアを片手で抱えるとそのまま自分の普段使っている寝具へ倒し、もう一人のユアへ問いかけた。
「さっき、主人がガイアとか言ってたけど…なにそれ?」
「そっちこそ…ボクが主人なんて、凄いこと言ってたよね?」
同じ顔で、全く正反対な言葉を問いかけてくる自分にユアは顔をしかめた。
「うーん。ボクはユア。ガイアの主人で、ガイアはボクの唯1人の執事なの」
「ぼ、ボクもユアって名前で。ガイアはボクの主人で、ボクはガイアの唯一の僕なの」
「「言ってることは似てるけど、決定的に違うねボク達」」
兎に角、同じ顔で同じ名前でも違いはあるのだ。そう2人は結論づけた。
多分原因は「三面鏡」なのだろう。あの鏡を見て、同じ顔をした自分がやってきたのだ。そうユアは考えを巡らして、再び三面鏡へと身体を向けた。
鏡の反対側からやってきたユアも同じように閉じた三面鏡へ顔を向けて、同じ事を思ったのか同時に小さく頷いた。
「やってきたんだったら_」
「また同じ事をすればいいんだよね_」
ゆらりと立ち上がって二人同時に三面鏡の扉を開けようとするが、どんなに力を込めても、反対側のユアの怪力を持ってしてもビクともしなかった。
「どうしよう?どうしよう開かないよ!」
「…落ち着きなってば。えっと、確か…12時ちょうどになれば開くんだから
明日の12時にもう一度やってみれば良いんじゃないかな?」
そんなッ!と軍服姿のユアは両手を頬に当てて嘆いたが、もう一方のユアは仕方がないよと割り切った様子で、まぁこういうこともあるよと無情に告げた。
「ガイアに怒られちゃう〜ッ!」
ガイアーッと泣き始めるユアの耳に、微かに自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
もう1人のユアもその声が聞こえたのか、耳を澄まして反対側の自分を見つめる。
「鏡の向こう側から聞こえてきてるっぽいよ…?」
「が、ガイアッ!」
『ユア、何処だ?』
閉じた鏡の向こうから、やや低めのよく知った声が聞こえてユアは名前を何度も何度も呼んで、叩き始めた。
「此処だよ!ガイア!」
『まったく…俺から逃げられると思ってるのか?』
そう冷たく告げる声は紛れもなくガイアの声だった。
そんなガイアの口調に慣れていないもう1人のユアは少し頬を赤らめて扉の反対側からの声を静かに待っていた。
すると、どんなに引っ張っても開かなかった扉がゆっくりと開き始めた。
「莫迦だなお前は_」
「ガイアッ!」
一瞬だけ、鏡の中から黒い軍服を身に纏った蒼銀髪の青年が見えてユアは息をのんだが、もう1人のユアは何の躊躇いもなくその青年の胸の中へと泣きながら飛び込んでいく。
「もう何処にも行かないから!」
「当たり前だろうが_」
2人が鏡の中へ吸い込まれるように消えていくのと同時に再び鏡の扉は重い音を立てながら閉じていった。
もう部屋にいるのはユアと倒れて眠ってしまったガイアの2人だけとなった。
「か、かっこいい…」
一瞬だけだが、軍服姿のクールなガイアが拝めたのだ。
この寝具の上で伸びているようなヘタレには一生有り得ないような格好良さだった。
ふむ。口元に手を当てて、ユアは伸びているガイアを見下ろして冷たい微笑みを向けた。
「明日は朝一で黒い軍服一式を取り寄せようかな?」
勿論、中身はヘタレだが見た目が一番なのだ。
自分もお揃いにしてみたらどうだろう?と、先程まで隣にいた自分の姿を思い出してニヤリと今度こそ鮮やかに笑った。
「主従揃って軍服コスプレもたまにはイイよね?」
だって、自分にだってとっても似合っていたんだから。
そう囁いて、まだ返していなかった軍帽を指でクルクルと回してユアは三面鏡の取っ手に軍帽を掛けた。
「今日は良く眠れそうだよ。お休みガイア。ボクの隣で良い夢を_」
それから暫く経った深夜12時、何度開けようとしても反対側から何か巻き付いているのか絶対開かないようにされていたので、ユアは溜息を吐きながら再び骨董商へと三面鏡を返品した。
ほんの僅かに残念そうな表情を浮かべて、骨董商へ囁いた。
「この三面鏡はね_」
___
花魅です。
水面下でやっていた鉄板ネタ「ある人物が」パラレルワールドに放り出されてしまったらどうなるか。というものをやっていたのですが、その話とはまた異なる展開をしてみました。
私達がどれだけ軍服というコスチュームが好きなのかが分かりますね★
それでは、次回。私の番ですので、なにか別の趣向取り入れたいと思います。
お読み頂きありがとうございました。